「ケベック問題 (中編)」

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前編:ケベック問題
中編:静かなる革命
後編:ケベックと移民問題

ケベックのナショナリズム〜静かな革命
カナダはフランス系とイギリス系の連合体であるという考え方がある。しかし、現実は数の上で勝るイギリス系がフランス系を支配している。つまりカナダはイギリス系のもので、フランス系の利益を繁栄させづらい国だという強い劣等感がケベコワの中で根深く生きていた。ケベックでは文化的、社会的、そして政治的にも「自分たちの国家」を築こう、という考えが広まった。(C) OhCanadaJapan.com 2006

1960年以前まで経済や社会面において他州より遅れをとっていたケベックは、超保守的なユニオン・ナショナル党を破ったジャン・ルサージュの率いる自由党による
「静かな革命」と呼ばれる一連の社会改革によって、一気に近代化を推し進められた。主な改革はアメリカ的教育改革、電力の公有化に代表される経済活性化への政府介入の強化、年金貯蓄投資公庫などの社会制度の整備である。やがてこの改革はケベック以外のカナダ連邦に対し、ケベックの文化的、政治的独立等の特権を獲得しようとする「ケベックナショナリズム」と呼ばれる政治イデオロギーに発展した。

当時のケベック問題に関しては二つの異なった考え方がある。 第一の考え方はあくまでも国家としてカナダの存続と発展に焦点をあてながら、ケベック問題を捉えるというもの。そして第二の考え方はケベックの存続、発展、利益を優先し、カナダへの「従属」を認めないというものである。違いはカナダの国家統一の強化を最優先しているの前者に対し、後者はケベックの発展だけを優先している。(C) OhCanadaJapan.com 2006

州民投票
ケベック法以後100年間フランス文化を守り抜き、ケベックアイデンティティを確立させた
「ケベコワ」は、ルネ・レヴェック率いる分離―独立派を統合した新党「ケベック党」を支持した。ケベック党は76年に州政権を勝ち取り、連邦政府からの政治主権の獲得を目指した。 1980年に事実上のケベック独立を認めるレファレンダム(州民投票)が行われ、約60%の州民が反対したことで、ケベックは連邦内に残った。 Author--Bluepepsi-- 2006

ケベック独立に反対の当時のカナダ首相トルドーは、州の合意なしに憲法改正を具体化し、新憲法は1982年に公布された。ロベール・ブラサの自由党は新憲法の受入れの交渉を続け、言語的、文化的に特異な社会であることをみとめること、憲法改正に際してケベックの拒否権を確保すること、州管轄諸分野に対する連邦権の制約などを条件に合意した。(C) OhCanadaJapan.com 2006

前述のように1995年、2回目の独立を問う住民投票を実施し、僅差で敗退した。このとき連邦派の州自由党ジョンソン党首事務所が焼き討ちにあい、内部がほぼ全焼。数百人の独立派が、勝利集会を行っている連邦派の会場に押しかけようとして、警官と衝突。国旗を燃やし、投石するなど騒ぎとなった。(1995年11月1日、朝日新聞)  Author--Bluepepsi-- 2006 (C) OhCanadaJapan.com 2006

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参考文献:
カナダを知るための60章  著者: 綾部恒雄 明石書店 
移民のまちで暮らす―カナダ マルチカルチュラリズムの試み著者:篠原ちえみ
カナダを知る―もうひとつのアメリカ 編著:吉田健正 J .セイウェル  S. ファース
現代ケベック―北米のフランス系文化 編著:長部重康 西本晃二 樋口陽一
エスニシティと現代国家―連邦国家カナダの実験 著者:中野秀一朗
カナダ多民族社会の構造―エスニック集団はなぜ存続するか 著者: 倉田 和四生
多文化主義・多言語主義の現在―カナダ・オーストラリア・そして日本 著者:西川 長夫
Immigrants Adapt, Countries adopt… or not: 著者:Cherif Rifaat
The Vanishing Country: Is It Too Late to Save Canada?  Mel Hurtig
 

関連サイト
ケベック州に関して

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