「カナダの政治経済」

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カナダとイラク戦争1

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パート2では少し視点を変え、イラク戦争における対米対応をカナダとフランスで比較したい。

まずはカナダの対米対応であるが、カナダの対米輸出総額はカナダの GDP の 40 %にも達している。対米関係の悪化が経済の悪化につながる可能性はあった。にもかかわらず、クレティエン政権のイラク戦争への外交行動はアメリカとは一線を画す、国際法・制度に沿ったものとなった。フランスの対応と違い、この行動は利己的国益を追求したプリンシパルパワーに該当するものではなく、対米抑制外交などの調整役を演じつつも、「非対称な自主性」によるミドルパワーで説明が可能と筆者は主張する。

 まず、イラク戦争への外交対応はクレティエン首相の独断であり、「レイムダック」という特殊な政治環境におかれていた首相という「単独支配型リーダー」によるトップダウン型の決定が特色であった。首相の信念として、アングロ = サクソン系国家による冒険主義への不信感・ピアソンらから引き継がれた多国間主義重視の系譜があり、さらにケベック州選挙への配慮が存在した。また、世論も政権側の主張に反応したものであり、政治活動面で反連邦政府的活動に政権が拘束されたことはなかった。最終的にカナダ首相は「政府主導型対応政策」を展開し、内圧には概ね対応できていたと言って良い。

しかし実際の対応としてはアメリカに配慮した節がある。9・11後の「テロとの戦い」を根拠に、対米軍事援助を継続したのである。

カナダの国益は「一応」確保したものの、対米援助は継続・国連決議工作は失敗に終わったわけで、結局外交面では限界を露呈した。

カナダ:
クレティエン
前首相

フランス:
シラク 大統領

フランス:
ドヴィルパン
前外相、現首相

*写真抜粋:カナダ大使館日本国外務省ENF (Energy Focus)

次にフランスの対応であるが、カナダの対応とまったく異なっていた。フランスの行動原理を示す上で重要な概念が「力と法の均衡」である。渡邊啓貴によれば、「冷戦後のアメリカ一国支配体制に反発して多極構造による世界の均衡的安定を主張してきた」フランスは「国連における平和解決の大儀を主張することによって後々の国際社会での発言権を保つことができた」となる。フランスの政策は、イラク戦争を防ぎ得なかったことで外交的に失敗したと見るよりもむしろ、紛争解決の枠組みとして国連重視を貫いたということによる利益が大きかったと見るべきだと主張している。「国連重視」という政策が、フランスが目指す多極世界秩序の実現にとって最も現実的な路線でるとする。

一連のイラク戦争外交において、フランスは結果としてプリンシパルパワーとして振る舞い、その目的は「イラクを巡るアメリカの力を国連中心主義にはめ込んで制御可能なものにしていく」ことであった。実際にはミドルパワーであるフランスは、国際的影響力を確保するという目的のためには、国際レジーム重視しか方法は無かったのである。

 フランスがアメリカと対決姿勢を強めるに当たっては、世論の高い支持があり、シラク大統領=ドヴィルパン外相の強いリーダーシップにより遂行された外交は、政策決定単位「単一集団型」、「単独リーダー型」と見ることができ、「政府主導型モデル」である。イラク戦争においての EU の分断危機があったものの、イラク戦争終戦後はイギリス・アメリカとの関係改善なったとなれば、国益は確保できたといえるであろう。

 結局アメリカに開戦は押し切られた形になったが、フランスは国連重視を貫くことで、結果として対米関係では対等なものとなったのである。

対米認識において、カナダとフランスには大きな違いはないように思えるが、その関係においては大きく異なる。結果、その行動がミドルパワーで収まった前者とプリンシパルパワー振舞えた後者のの違いとして出てきたと見ることもできるであろう。

国家の外交政策を考える上においては、つまるところ自国の立ち居地をどこに定めるかで、外交行動を策定する必要がある。日本のようにミドルパワーを志向しながら、その実はスモールパワーであるといったような構造的齟齬は、 間違えれば「国益」を損なうことに通じるのである。
Author--Norihiro--

参考文献:櫻田大造、伊藤剛 , 2004, 「比較外交政策 ? イラク戦争への対応外交」明石書店 第1、4、8、9章

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