2003年3月、米国および英国にとって兄弟のような存在とも言えるカナダが、両国による対イラク戦争に、参加を拒んだ。
カナダのジャン・クレティエン首相が、3月17日、連邦議会の下院で、カナダは国連安全保障理事会における新たな決議がなければ対イラク攻撃に参加しないと言明したのである。首相は、「イラクは国連安全保障理事会の決議を完全に履行しなければならない、とカナダ政府は考えている。(ただし)カナダが軍事作戦に参加するには安保理の承認が必要だ、とわれわれはずっと明言してきた。ここ数週間、安保理は軍事行動を認める新たな決議を採択することに合意できなかった」と説明したうえで、こう述べた。 カナダは、安保理における意見の違いを埋めるために、一生懸命妥協案を探し求めてきた。残念ながら、それはうまくいかなかった。もしも新たな安保理決議なしで軍事行動が進めば、カナダは参加しない。*写真カナダ大使館HPより
議場には拍手が鳴りわたった。世論調査によれば、クレティエン首相の姿勢をカナダ国民のほぼ7割が支持した。米国のイラク攻撃を支持したのは国民の3分の1に満たなかった。同年2月末から3月にかけて世界中で繰り広げられた反戦デモにも、トロントで約5万人、モントリオールで約10万人、気温零下の首都オタワで数千人、そのほかの都市でも合計数万人が参加したと言われている。
米国とおよそ9000キロの長さにわたって国境を接し、かつて北米航空宇宙防衛 軍と北大西洋条約機構によって、米国の下で旧ソ連を盟主とする東側陣営に対峙したカナダ。
対外輸出の9割近くが米国市場向け、対外輸入のほぼ7割が米国から、というカナダ。 米国資本がカナダの主要産業に深く入り込んでいる一方で、米国のエネルギー需要の一端を担っているカナダ。日常的に米国のテレビを視聴し、米国で出版された本・雑誌・新聞を読み、国境を越えて買い物に出かけ、自由や民主主義を含む政治理念や多くの文化や習慣を共有し、冬には暖かいフロリダやハワイで過ごし、アメリカ国内に友人・知人・親戚も多いカナダ人。
そのカナダが、米国が主導するイラク攻撃には参加を拒否したのである。カナダには、たとえ米英と共同行動をとらなくても、少なくともその軍事行動を支持するという選択肢もあったはずであるが、あえてその道を選ばなかった。理由は、国連安保理の決議によらない、大義に欠けた戦争だから、ということにあった。いわば、もっとも信頼すべき弟が、兄の振る舞いを正当性や協調性に欠けた身勝手な行動として、同調を拒んだのである。
安保理での審議継続と「大量破壊兵器」操作の継続を求める、国連を中心とした多国間協調による解決を求めるカナダの努力は報われなかった。しかし、ここには明らかに、対米一辺倒に走りがちな日本の外交政策とは異なる価値観が存在する。カナダが、どのような価値観にもとづいて、多くの利害を共有する最大の親友と言うべき超大国の協力要請を断ったのか。それを明らかにすることによって、超大国の単独行動主義に追従するほか選択の道はないという日本を含む国々の考えに、別の選択肢が存在しうることが示されるだろう。
米国―および米国の単独行動主義を支持する国々―の「世界観」とは異なる別の「世界観」があり得ること、そしてカナダという軍事小国といえども、国際的な問題には一部の評論家や国際政治学者が唱える、力による「現実的アプローチ」とは異なる別の方法を選択しうること、それを示しているのである。
経済的・軍事的に米国に大きく依存しているカナダが、「世界唯一の超大国」とも「軍事大国」とも称される友邦にいわば「反旗」を翻した。基本的には、超大国であろうと、いや、超大国だからこそ、法の適正な手続きに従って行動すべきだ、というのがカナダの立場であった。世界は、軍事超大国・米国の報復と力の論理ではなく、できる限り国連に象徴される国際法に沿って行動すべきである。そのため、カナダは、国連安全保障理事会の支持を中心とする国際協調主義に立ち返るよう米国への説得を試み、「大量破壊兵器」査察にもう少し時間的余裕を与えたほうがよいという提
案さえした。しかし、カナダの意向は無視され、米英は戦争に突入した。多くの人的・物理的破壊をへて大混乱が訪れ、イラクだけではなく世界各地の人々がテロにおびえるようになった。
振り返ってみれば、たとえフセインが大量破壊兵器の開発・所有を疑われる悪逆無道の独裁者であったにせよ、圧倒的な軍事力とメイフラワー号到着以来の選民神話を背景に、血気にはやり国連や国際世論を敵に回してまでイラク攻撃を仕掛けたブッシュ政権の米国より、マルチラテラリズムと国際法の尊重を訴え続けたカナダ政府の方に「正当性」があったことは明白だろう。
Author--Kuroda--
参考文献:吉田健正著カナダはなぜイラク戦争に参戦しなかったのか
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